カソウ者の日々

昭和生まれ90年代育ちのナマモノ腐の令和時代ナマモノ腐活動日記

人間万事塞翁が馬、因果の流れ、めぐり合わせ(はじめに前編)

 この10年本当に辛かった。介護と難易度特級の育児に追われていました。いわゆるダブルケアです。そんでパートタイマーですが働いています。日々の生活に追われていたら萌えとか自分のことを後回しにしてました。自分の人生じゃなくて誰かの人生のオプションでした。自我なんて無いも等しい。

 すべての始まりコロナでした2020年春、小学校に入学した娘は思い描いていた小学校生活とはまるで違う小学校の雰囲気や対応に馴染めず、学校不適合を起こしてしまいました。2021年度の2年生のときは全てにおいてすごい先生が担任になり、ようやく小学校生活を謳歌できるとおもった矢先、2022年度にすべての事で最悪の事態がおこってしまいました。

 まずは娘の担任がヤバかったのでした。詳細は伏せますが、小学校校長、教頭、学校管理職が保護者の私に全面的に謝罪をし、教育委員会から派遣された指導教員(先生の先生)が「指導してもどうにもなりません。この1年間彼女(娘)が学ぶ意欲や学校に対しての意欲をネガティブさせないように保護者の方は頑張って欲しいです(大意)」と言われる始末。娘はストレスで円形脱毛症になり教室に入れず、学校に行ったら学校内の何処かを転々する毎日。

 そして高校生の息子もコロナ禍の中体調を崩し(notコロナ)、進学校で成績上位で期待される進路も重荷になりそれで心も病み、学校に行くことが出来なくなりまっした。

そして、母が骨折して介助無しでは外に出られなくなり、コロナ禍でデイサービスもなくなりだんだん認知が衰えていきました。その中で癌が発覚。幸いステージ1でしたが手術入院で認知がますます衰えてきました。

 そして父が亡くなりました。娘の妊娠と同時に認知症と診断されて娘が1歳のときに骨折して寝たきりになって、コロナ禍前ようやく施設の空きが出入所していた父が亡くなりました。朝がきたらバイタルサインが無かったそうです。3時間前の確認の見回りのときはちゃんと脈も確認できたということなので本当に眠るように無くなったみたいです。ただコロナ禍になってから2年会ってない会うことが出来なかった父が亡くなりました。

 私一人っ子なのですよね。子どものことも、母の介護や癌の対応も父の葬儀や公的処理対応も全部一人でしましイた。辛かった。全て同時進行です。もちろんパートですが働いています。働かないと、家計がやっていけません。誰か助けてほしい。わたしの辛さをわかって欲しい。ずっとストレスで、過食になってしまい1年で10キロ太りました。本当に辛かった2022年度でした。

 転機は2023年に開けてからです(長くなったので後半に続く)